ダーリン先生💓と日本文学を読み語る📖

先日、ダーリン先生💓と宮沢賢治の「注文の多い料理店」を英語で読みました。

ちょうどNHKのラジオ講座「エンジョイ・シンプル・イングリッシュ」で放送されたばかりだったので、テキストをPDFファイルにし、先生とシェアして読みました。


先生は宮沢賢治を知らなかったので、賢治の人生と作品などを紹介しながら読み進めて行きました。

私自身、この作品は小学生の頃に読んだきりだったので、新鮮な気持ちで読む事が出来たのと、子供の頃に感じた印象とは違い、すごく深い話だったので、そこらへんを外国人の先生がどう感じたのかディスカッションしてみる事にしました。


まずメインの登場人物である2人の若者について。

立派な身なりにピカピカの猟銃、旅の途中、飼い犬が死んでも、彼らの死を悲しむどころかお金を失った事を悔しがる様子から「資本主義の象徴 お金持ち」と解釈。

ここら辺は私と同じ意見でした。


次に、この2人が森の中で道に迷いお腹を空かせていたところ、不思議な美しい洋館が目の前に現れます。

洋館には美しいドアがいくつもあって、それぞれのドアの表と裏にはレストランのオーナーから、様々なメッセージが書かれているのですが、2人は自分達に都合の良いように解釈し、どんどん奥へと入って行ってしまいます。


「髪を整えて下さい」


「服や帽子、眼鏡など身の回りのものは全て脱いで下さい」


「このボトルの中のクリームを身体に塗って下さい」


「このボトルの中の塩を身体に擦り込んで下さい…」


どう考えても怪しいメッセージの数々に、とうとうこの2人は、このレストランは客に食べ物を出すのではなく、自分達が"食べ物"として準備されていたのだ、という事に気づき、逃げ出そうとしますが、時すでに遅し!!

もと来た道は全て閉ざされ絶対絶命のピンチに陥ってしまいます。


2人は恐怖のあまり泣き出し、そしてあまりの恐ろしさに、顔が紙くずを丸めたかのように皺くちゃになってしまいました。


その時、2人が連れていた犬(死んだと思っていた)が、洋館に飛び込んで来て、その瞬間に洋館は煙のように消え、暗闇から猫の鳴き声が聞こえます。

私は子供の頃にこの話を読んだ時には、この2人は山に古くから棲みついていた化け猫に化かされていたのか、と単純に思っていたのですが、ダーリン先生💓の解釈は少し違いました。


先生は、この洋館「山猫軒」は2人が空腹に襲われ限界に達した時に、2人の心に染み付いた罪の深さが見せた幻だったのだろうと解釈しました。

理由は2人の顔に刻まれた皺です。

2人の若者は皮肉にも彼らが物のように扱った犬によって助けられましたが、顔の皺だけは、水で洗おうが熱い風呂に入ろうが二度と元に戻る事は無かった、というところで物語は幕を閉じています。

先生はセルビア正教会の信徒で、これはクリスチャン的な解釈かもしれないけど、顔の皺はsin(罪)を表していて、水はキリスト教ではbaptism(洗礼)で使用される聖水=罪を洗い流すもの、なので、2人の顔の皺が消えなかったのは、神の水をもってしても洗い流す事が出来ない程、2人が今までに犯して来た罪は深い、という事らしいのです。

2人の罪の深さが顔の皺の深さに比例しているのだそうです。


なるほど~!!深いですね~~(#^.^#)


そう言われたらそうかもしれませんね(^^)

宮沢賢治はクリスチャンだった友人の影響をかなり受けているという話もあり、賢治の他の作品にも、ところどころその傾向やアイデアが見られるところから、ダーリン先生💓の解釈は賢治の思惑に沿ったものだと思って間違いなさそうです(^^♪


すみれの部屋

海外関連に関するあらゆる事を、ゆるりと綴っていくブログです。 私の海外での経験談や失敗談、英会話学習、国際恋愛まで幅広く語って行きたいと思います。

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